2013年10月14日


半沢直樹とあまちゃんが示す、テレビドラマのあり方


↑この記事に興味深いことが書かれてた。

今年の大ヒットドラマ『半沢直樹』『あまちゃん』
に共通する要素が分析されていて、

> この二作品に共通するもの、
> それは「情報圧」「テンポ」だ。 


とのこと。

さらに詳しく引用しておくと、、

> 情報圧とは、圧倒的な情報量によって
> 視聴者にかけられる圧力のこと。
> 二作品は、ともに一つの番組の中に数本分の情報を詰め込む
> というやり方を採用している。
> とにかく一回では分析不可能なほどの情報を見る側に降り注ぐ。
> だから、これを解析しようとビデオで何度も繰り返し見たり、
> SNSで情報交換したりすることになる。
> これによって視聴者は情報という海の深海魚となり
> 情報圧を感じるようになるのである
> (で、これが快感)。
 
> ただし、情報圧を高めるという手法だけでは
> 視聴率獲得の決定打とはならない。
> これに加えられたのは「テンポ」だ。
> とにかく、ものすごくテンポが速いのだ。
> 二つとも速いテンポ、つまり短いスパンでシーンが次々と変わり、
> 次第に加速していく。
> ただし、ただ速いだけではない。じっくり見せたいところは突然遅くして、
> それまで速いテンポで提供されていた情報をまとめ上げる。

とのこと。

情報圧とテンポ、
確かに、言われてみると、2作品に共通してるなあ。

ただ、これって元々TVが持っていた優れた部分だったかも。
私が子供の頃にワイドショーとか見てオモシロイ!と思ったのは、
圧倒的な情報量が早いテンポで次々に出てくるところだったことを
思い出した次第。 

この2作品は、そういうTVが本来持っていたオモシロイ部分が
際立っていたのかもしれない。
(最近のTVでは、この部分が弱まってきてるから、
いっそう際立ったのかも。)

よく素人さんがTV風なCONTENTSをNETで作ると、
つまらなく感じるのは、この情報圧とテンポが欠けてるからかもね、
と、あらためて思ったりもした次第。

さて、コノ記事の引用の続きを。

> こういった情報とテンポが織りなすアンサンブルは、
> 翻って、見ている側にある種のマゾヒスティックな緊張を
> 感じさせることになる。
> 視聴者はつぎつぎと情報の連射を打ち付けられることによって、
> いわば「前戯」を徹底的に受け、次いで長いエピソードシーンで、
> これを一気に発散させることで「エクスタシー」に達するのだ。 

> 社会学者のR.カイヨワは「遊び」の要素として
> アゴン=競争、アレア=偶然、ミミクリ=模倣、イリンクス=めまい
> をあげているが、
> 「半沢直樹」と「あまちゃん」がわれわれにもたらす緊張の快感は
> 最後のイリンクスに該当する。

> 解読がまったく不能なほどの膨大な数の情報の前に晒されたとき、
> われわれは一般的に、緊張し、めまいに陥るが、
> その際には二つの反応パターンがある。
> 一つは、情報量におののいて、
> それを拒絶しようとしたり不安に陥ったりするという反応だ。
> もう一つは、反対にその情報の海の中に身を投げてしまうという反応だ。
> ディズニーランドで遊ぶ状態がこれで、
> 全てがディズニーで埋め尽くされた環境の中に身を置くことで、
> 自らがディズニー世界に身を投げ、これと一体化する。
> そうすることで自我は崩壊し、
> ディズニーという揺籃に囲まれてホリスティックな感覚の中で
> エクスタシーを感じることが出来る
> (ロックコンサートで熱狂することもこれと同様)。

> 最終的に視聴者をエクスタシーへと誘うのである。

ということで、
備忘録的に書いておいてが、
応用方法について考えておきたい。 

shun699 at 13:25│ このエントリーをはてなブックマークに追加 MARKETING WARS